フリーフォールベッド

起きて

お昼ぐらい. 明日は面接があるので緊張した. 準備したり, 統計の勉強をしたり.

そういえば, 親父が今度こっちに越してくるらしい. 結局, 一度も父の住んでいるところに行ったことは無かったな.

父と暮らした時間は短い, とても. 単身赴任で家を離れているので会うのは一年に20日ぐらいでコロナが始まってからは0になった. おまけに会うのも休みの時に2日程度という感じなので印象は薄いし, 毎回日曜日とともに去っていくので印象が薄い. あまりに同じ時間を共有しないまま今日まで来てその生活を受け入れていたので, だから, 父の誕生日も知らないし, 好きな食べ物も知らない. 失って初めて痛みに気づくというけれど, 最初から欠けてそのスペースが無かった僕にはこれが悲しいという認識はまるでない. 終末の谷でサスケ君もそんなことをナルト君に言ってた気がする. 皆痛みとか欠けているものがあっていいなァ!じゃあ欠損バトルしようぜ!欠損バトル!(チェンソーマン)

父の原初の記憶は確か2歳ぐらいのときに粉ミルクの缶をガラガラしてたらめちゃくちゃに怒られたことが最初で, その次は確か帰国したら迎えに来てたことだったように思う. 空港を出た時に知らない人が迎えに来てて誰だろうと思っていたら, 母にこの人が父だと言われて言葉の意味を理解できないまま, じっと見つめていた気がする.

父が上海辺りで暮らしてたときに何回か遊びに行ったことがある. 確か小学生の時だった. 父はマンションで一人暮らしをしていて遊びに行った私はそのまま父の家にお泊りした. 夏だったので, テレビでずっと西遊記が放送されていたのを覚えている. 僕はその時客人の間のやけに高いベッド(床上1.5メートル位のところに寝所がある)に寝て, 父は自分の部屋のベッドで寝ていた. 私にとって彼は「対岸」で「違う高さ」のものだった.

子供と大人の間には絶対的な身長差がある. だから子供と大人が同じ目線になることはなくて子供は親の顔を覚えられないし, 親は子供の顔を覚えられないんだと思う. 高さも場所も違う私と彼はそういう意味では一度も面と向かったことはない. 「面と向かったって、会ってない人たちはいくらもいるよ」とは北村薫の言葉だ. 確かに彼には会ったことがないかもしれない. そして, 一緒に暮らすこの機会が初めての遭遇になるかもしれない.

午後は名取のCDを開封した. さなのおうたのRemixがとても良かった.

読み物

良かった.

今読んでいる「はじめてのアメリカ音楽史」が結構面白い. 黒人がいかにしてキリスト教に迎合し, それが音楽になり, 解放運動に繋がったか. この年になってから歴史が面白いなと思ったけど昔の自分は日々の生活に精一杯で歴史になんてやっている場合じゃねぇ!とか言ってただろうな.