ここからは

起きて

新居で起床。もっと劇的な感動があるかと思ったけど、曇りだったので特に何も。太陽光は差し込まないし。

今日は隣の駅に行く。服を見たり、カーテンを見たり。

自宅の方はカーテンを導入したり、棒を差し込んだり。

突っ張り棒はとりあえず、風呂に移動した。

食事

ケバブが好き。

朝はバーガーキングへ行った。

そろそろ冷蔵庫をですね!なんとかしないといけないんじゃないんですか!? 具体的には腐るものを部屋に置けない。なんなら皿もない。どういうことだよ…

こういうふうに見ると電子機器なしには生活ができないという点で俺はとっくの前からサイボーグになってしまっているのだと思う。

でも、最低限の生活には洗濯機もキミもラヂオも必要ないことが実証されつつある。悲しいね。

川崎

この街を選んだ理由の一つに名取さなの聖地があるというのがある。毎年ここでライブをするし…後、映画見るのが好きだから、いつでも映画館に行けるのは嬉しい。

これはコラボ商品。そうはならんくない?という素朴な気持ちがある。

正直、どこかをホームと感じたことはなくて、生まれた場所はあんまり記憶がないし、育った場所は国境が封鎖されてるし。色々移り住んで自分でホームを決めようという感じ。聖蹟桜ヶ丘とかもいいね。

住む順番なんだけど、郊外から試すと必然と部屋はでかくなってしまい、都市への移住が困難になる。川崎→聖蹟桜ヶ丘はできるけど、聖蹟桜ヶ丘→川崎はできない。1LDKに住んだ人間はもう1Kに住めない。

色々道草しながら実家へ帰る。PayPayの決済をしたらスマホから「当たり!」とでかいボイスが飛び出してしまうが、店員さんが「私、初めて当たりの人見ました!」と嬉しそうにしていた。そんなことあるんだ。一日一善。

とりあえず、実家に一度帰ってきた。新居はめちゃくちゃ実家と離れているわけではないから、段階ごとに移住していく作戦。

祖父が「(DNG)はいつ帰ってくるんだ?」と何回も家族に聞いてたらしい。たった一日家を離しただけなのにね。記憶が朦朧としていた亡き祖母もそうだったね。 両親がいつも忙しくしていたから、祖父母は実質的な私の育ての人なんだけど、長年ともに暮らした祖父を置いて家を出るのは、自分の半身を残していくみたいで何とも心地が悪い。この前も転んで怪我してたし。

でも、もう一度、家を出るか否かの決断を迫られても私は同じ選択をするのだろう。祖父のために家に残ったなんて言ったらそれこそ怒られてしまう。 言うなれば、お互いがお互いを知ってるからこそ、悲しみを伴う選択ができるのだろう。「絆」という言葉に「傷」という音が含んでいるように。

とりあえず、I LOVE YOUの代わりに「ご飯食べた?」と聞いた。

街の発見

明日やること