俺とお前と松屋プレミアム牛飯

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起きて

仕事をする。株は相変わらず地合いが悪い。アメリカの雇用がマシになると円安が進む。おしまいのシステムやね。

労働はパズルみたいになっている。なんかチームで仕事をしているという感じ。ボトルネックがあるなーと思っていたが、結構やれることありますね。分析だ。

最近天気が悪く、洗濯機を回すのが難しい。乾燥機能がついてるとはいえ、当然乾燥機に使えない服というのもあるし…

俺とお前と松屋プレミアム牛飯

松屋に行った。こっち側は全然歩いたことのない町で、そんな場所を自転車で駆け抜けていくのはさながら知らない国でレンタルサイクルのサービスを使った気分になる。唯一の違いがあるとしたら、自転車を適当な場所に置くと怒られが発生することと、やけに楽しそうな演歌が流れてるスナックの店が大量にあることだ。 住宅街周辺だと帰る前に一杯ひっかけて、というケースが多いのだろうか。

松屋の注文をする。最近は全部機械でやるのか。というかキャッシュレスマシンとか導入してるんすね。現金は終わり。 それは別としてQRコードの読み取りちょっと陥没してない?大丈夫?

そんな風に思いながら、何を食べてもきっと同じだと思い、注文する。儀式みたいなものだから。

松屋に行けば思い出すということはないけど、松屋といえばこの人だなというフォロワーが一人いた。彼のことはN君と呼ぶとしよう。大学に入ったばかりのころに出会った物静かなのに、時折ボケたり、面白いことを言ったりする楽しい奴だった。

自分が通っていた大学はものつくりを応援していて、もの作りサークルにいた僕達はものつくりセンターなる工作施設でアクリル加工の機械の講習を受けていた。レーザーでアクリル板を焼いて文字を入れたり加工したりするやつ。

その日は放課後に先にN君たちが講習を受け、そのあとに僕が合流して講習を受けるとかそんな感じのスケジュールだった気がする。講習内容は機械の各部位の名前だったり、ソフトの使い方だったりを教えてもらった後、チュートリアルとして簡単な作品(ネームプレートみたいなやつ)を作って、最後に片付け方法について確認するという内容だった。

後から僕が合流した頃には彼らのネームプレートはすでに出来上がっていて、皆で出来上がりをワイワイしながら見ていた。

ネームプレートには各々好きな文字を専用のソフトの上でデザインできて、その情報を元にレーザーがアクリル加工するという具合だ。

テンプレートとして渡されていたのは大学の名前が入ったやつで、校章みたいなのも用意されていた。でも、俺たちは基本的に逆張りだったから思い思いに文字を入れたのである。

その中で、N君は異彩を放っていた。彼は「松屋 プレミアム牛飯 並盛」と入れてきたのだ。普段は常識人みたいなところがある彼が、だ。そうはならんだろ。

それで詳しく聞いたところ、彼はとんでもなく松屋が好きだということ、週に一回とかそういう頻度ではないぐらいに食べてることを聞かされた。「おいしいと思うけど、そんなにかなー」といった俺がフルボッコにされたのは想像に難しくないだろう。

そんな感じでワイワイしながらみんなで作ったプレートを並べて写真を撮り、Slackのグループチャットへとシェアした。当時は特別どうとは思わなかったけど、振り返るといくらでもある輝かしい学生の頃の思い出だなと思う。N君が亡くなる半年前ぐらいの話だった。

N君が部屋で腐って死んでいる姿で見つかって5年と半分が経つ。なんか壮大な書き方をしたけど、別にいつも頭の中にあるわけじゃない。今さっきカレンダーをめくって確認した。このように都合の良いときに思い出してセンチメンタルな気持ちになるわけだが、それぐらいは許されるだろう。生きてる人間は弱く、死んだ人間は強い。突然何も言わずに、死者になったのなら、後始末をした我々にもそれ相応の権利があるだろう。

でも、死んだ人間は苦しんでいた顔も見たことあるはずなのに、記憶の中の当人はずっときれいな笑顔で笑っているので、生きていく中でどんどん変わっていく私は時折、それが少しばかりうらやましくなる。

このネームプレートもつい最近まで忘れていた。そんな写真を貼ったことも。でも、過去というのはどこにもなくてどこにでもあるというもので、思い出すきっかけは些細な事だった。Slackだ。

Slackが7月ぐらいに過去のやり取りのログ(90日以上前の分)を消すという話を出してから、今まで入っていたいろんなSlackグループを振り返っていた。その時に見つけたのがこのネームプレートだった。皆自分の名前を入れたり、大学名を入れてる中、一人だけ「松屋 プレミアム牛飯 並盛」と書いたネームプレートが。その写真がアップロードされたのが今日、10月12日だった。

別に今日食べたからといって何かが起きるわけではない。あの日何があったのか誰も知らないままだし、きっとこれから分かる事も無いだろう。でも、大学院を卒業してようやく目に映る全てを終わらせることができたし、終わったことを偲ぶ余裕もできた。これで良かったのだと思う。

運ばれてきた牛丼は結構おいしかった。でも、やっぱり「おいしいと思うけど、そんなにかなー」と思ってしまう。あの時と同じだな。

帰り道はえらばれし子供たちの密話を歌いながら自転車をこいで帰った。

日記をここまで書いてチーズを買い忘れたことに気づいた。今日ちょっと安いんだよね。まぁええか。